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  • 2018.05.26 Saturday

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    第三十章

    • 2018.05.26 Saturday
    • 19:14

    道にもとづいて君主を補佐する者は、武力によって天下に強さを示すことはしない。

    武力で強さを示せば、すぐに報復される。

    軍隊の駐屯するところには荊棘が生え、大きな戦争の後では、かならず凶作になる。

    うまく武力を用いる者は事を成しとげるだけだ。

    強さを示すようなことはしない。

    成しとげても才知を誇ってはならず、成しとげても功を誇ってはならず、成しとげても高慢になってはいけない。

    成しとげてもやむを得ないこととする、このことを、成しとげても強さを示さない、という。

    ものごとは勢いが盛んになれば衰えに向かうのであり、このことを、道にかなっていない、というのだ。

    道にかなっていなければ早く滅びる。

    第七十一章

    • 2018.04.24 Tuesday
    • 12:21

    知っていても知らないと思うのが最上である。

    知らないのに知っていると思うのは欠点である。

    聖人に欠点がないのは、欠点を欠点とするからである。

    そもそも、欠点を欠点とするからこそ、それだからこそ欠点がないのだ。

    第十七章

    • 2018.04.07 Saturday
    • 13:18

    最高の支配者は、人民はその存在を知っているだけである。

    その次の支配者は、人民は親しんで誉めたたえる。

    その次の支配者は、人民は畏れる。

    その次の支配者は、人民は馬鹿にする。

    支配者に誠実さが足らなければ、人民から信用されないものだ。

    慎重なことよ、支配者が言葉をおしむことは。

    なにかの仕事を成しとげても、人々はみな、我々は自ずからこうなのだ、と考える。

    第七十八章

    • 2018.03.06 Tuesday
    • 06:18

    この世の中には水より柔らかでしなやかなものはない。

    しかし堅くて強いものを攻めるには水に勝るものはない。

    水本来の性質を変えるものなどないからである。

    弱いものが強いものに勝ち、柔らかいものが剛いものに勝つ。

    そのことは世の中のだれもが知っているが、行なえるものはいない。

    そういうわけで聖人は、「国中の汚濁を自分の身にひきうける、それを国家の君主という。国中の災厄を自分の身にひきうける、それを天下の王者という」と言う。

    正しい言葉は、常識に反しているようだ。

    第二章

    • 2017.12.16 Saturday
    • 15:44
    世の中の人々は、みな美しいものは美しいと思っているが、じつはそれは醜いものにほかならない。
    みな善いものは善いと思っているが、じつはそれは善くないものにほかならない。
    そこで、有ると無いとは相手があってこそ生まれ、難しいと易しいとは相手があってこそ成りたち、長いと短いとは相手があってこそ形となり、高いと低いとは相手があってこそ現われ、音階と旋律とは相手があってこそ調和し、前と後とは相手があってこそ並びあう。
    そういうわけで、聖人は無為の立場に身をおき、言葉によらない教化を行なう。
    万物の自生にまかせて作為を加えず、万物を生育しても所有はせず、恩沢を施しても見返りは求めず、万物の活動を成就させても、その功績に安住はしない。
    そもそも、安住しないから、その功績はなくならない。

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